lau’s blog

脳内垂れ流しブログ。

なんだか気持ちが落ちてる時は人と比べてる時。

隣の芝生が青く見える。

あるある。

明るい性格の私でもあるのである。

悩みがなさそうな私でもあるのである。

いつも楽しそうな私でもあるのである。

だって人間だもん。

 

昔は常に誰かを羨ましいと思ってた気がする。

羨んだって他人にはなれない。

わたしはわたしだから。

 

羨ましい時は自分に足りないものを羨んでる。

でもそれが足りないのかというと足りないわけではなく。

私よりと足りてないだろうと思う人はいて。

その人と比べれば私は幸せで。

なんで比べるのかなぁと自分で自分に聞いてみる。

いや、わかんないし。

勝手に比較して勝手に凹んでるだけ。

凹んでる……それもなんか違う。

なぜ比べるのか。

なぜ落ち込むのか。

 

きっと優位に立ちたくて

きっと人よりすごいと思いたくて

きっと何かが不安で

きっと何かが怖いんだと思う。

 

その何かは何でもなくて

その何かは自分なんだと思う。

 

自分の頭の中の幸せの定義で物事を判断してるだけ。

その定義を根本から変えちゃえば

比べることもないし

常に幸せを感じられると思う。

 

気持ちが落ちるなら

気持ちを上げる方法を知ってればいい。

 

上げる方法の一つが今日は使えないみたいだから、次の方法に切り替えようかな。

明日も寒くなるみたい。

風邪に気をつけようね。

睡眠大事。

かまってちゃん

凹んでるんだ

気分が上がらないんだ

寂しいんだ

悲しいんだ

辛いんだ

 

そんな言葉が出る時は、かまってちゃんが出てきてるとき。

 

理由はわからないけど(いや、わかってるけどわかってないふり)、寂しくなる時。

意味もなく悲しい気分になる時。

どうしょうもないことにぶつかった時。

わかってたことなのに、それを認めたくない時。

 

あーーーーーー

誰かにかまって欲しくて

誰かに優しくして欲しくて

でも誰でもいいわけじゃなくて。

 

子供みたいに泣いてダダこねれたらスッキリするのかなー。

 

ガマンが限界にきつつあるのかな。

 

気持ち切り替えなきゃ。

って思えば思うほど、意識は今のその気持ちにいっちゃうんだよね。

今の気持ちに執着してるってこと。

手放したければ、とことん感じて考えて認めないと手放せない。

 

久々だなー、かまってちゃん。

 

いらっしゃい、かまってちゃん。

 

今回は何日くらいの滞在かしら?

 

仲良くやっていこうね(笑)

前をあるく人。

いつも前を歩く、あの人。

横にいたと思っていたら、一歩前にいて。

一歩前にいたと思ったら、数メートル前にいて。

数メートル前にいるから、頑張ってついていってるけど

何だか少背中が小さくなってる気がする。

でも、置いて行かれないように、

見えなくならないように

歩幅を大きく、

スピードを早く、

ついていこう。

 

人生で大事な時は、いつも前を歩いてくれてる人がいる。

だから、私は頑張れる。

前を歩く人はその時々で全く違う。

でも、それはきっと、その都度、私が成長してるから。

私に必要な人が現れて、いい刺激をくれてる。

あの人に置いて行かれないように。

あの人に追いつきたい。

あの人を追い越したい。

 

20代の頃、前を行く人に言われた大好きな言葉。

「花には蝶がよってくる。う◯こにはハエがよってくる。

 蝶によってきてもらいたかったら、花にならなきゃダメだよ。」


う◯このままいたらハエしかこない。
自分が変われば環境も変わる。

 

花になる努力をしよう。

 

いつか

誰かの

前を歩く人になれたらいいな。

 

悩める子羊たちへ。

嫌いな人を、好きになる努力も大変だけど

好きな人を、好きにならないようにする努力も大変。

今まで好きだった人を忘れようとする努力も大変だけど

好きになりかけてる人を好きにならないようにする努力も大変。

気持ちに素直に っていっちゃうとまた振り出しに戻っちゃうし。
一瞬の感情で“今”を崩したくもない。

でも、今の自分の気持ちを否定するんじゃなくてきちんと認めてあげることは大事。
こんなに好きだった。こんなに好き。でも違う。自分が望んでいる未来を歩けない。

自分の気持ちを、見つめて、認めて、答えを出す。

そうすると、きちんと自分で答えが出せる。

人が言う答えは納得できなくても

自分が出した答えは素直に納得できる。

そこで、自分が苦しさに負けて現状を選択するのもアリだと思う。

 

でも、人間は乗り越える強さも、新しい希望を見つける力も持っている。

厄介なことに、快楽を選択する愚かさも、辛さに耐える強さも持ってる。

 

どっちを選ぶかは自分次第。

どっちも正解。

答えはいつも自分しかだせない。

 

 

あたし、あんたなんて知らないし。

SNSを生活の一部として使い出して、たくさんの架空の人とのやりとりも増えた。 会ったことのない人なんて、顔出ししてても、フルネーム表示してても、それが本当か嘘かなんてわかんないんだから、私の中では架空の人物のカテゴリーに入るのである。

Facebookでの、メッセージのないお友達申請は相変わらずある。 ここは、ほぼ無視。 共通の友達が二桁の人だとしても、無視。 だって、始めたばかりで間違って押しちゃったなんてことあるから。 私も初めの頃やっちゃってたしね。

まったく知らない人から、メッセージありの友達申請。 無視。もしくは、丁寧にメッセージでお断り。 まあ、どっちにしろ断るんだけどね。

共通の友達がいての、メッセージありの友達申請。 ここが困る。 直接知らないんだもん。共通の友達がいるからってなんなのよ。 フォローでいいじゃん。 私と友達になることで自分の“共通の友達”の数を増やしたいの? 知らないのに、「友達」のカテゴリーに入れたくないし。 丁寧にお断りです。はい。 でも、仕事関係の人だったりするとそこも迷う・・・。 そんな人が一人、保留になっている。 さて、どうしよっかなー。

最近、新しい友達申請の種類が増えた。 「Twitterでフォーローさせてもらってるので、Facebookでも友達お願いします」って。 は?なにその理由。 名は記憶にない。 プロフィール見に行ったけど、私が興味のありそうな投稿してない。(そうでもいい日常とシェア記事ばかり) Twitterを見に行ったけど…特にやりとりしてない人。 そりゃそうだろうね、名前見ても ん? って思ったんだもん。 ここも放置。 なんで、Twitterでフォローしてもらってるからって、よりプライベート丸出しのFacebookで友達にならなきゃいけないんだよ。 そんなに見たけりゃフォローしてください。 意味わかんない。

全公開してるから、希望者とは友達になってあげればいいやんって思う人もいるかな。 だれとでも友達になりたくないから、いやなの。

実際になってなくても、興味を持ってるなら自分からなにかアプローチするべきでしょ。するでしょ。 人見知りとか見るほう専門とか、本人の自由だけど。 だったら、自分が友達申請しようとしている相手が、どんなスタンスでそのSNSをやってるか、調べてから申請しろってんだよねー。

しかも、自分は顔も出てないし、プロフィール見に行っても特に書いてない。仕事も住んでるところも書いてない人が多い。

私は、相手からもなにかしらの情報や考えやセンスや話題を提供して欲しいと思ってしまう。 だから、知らない上に、なんの発信もしてない人には興味がない。

わたし、あんたなんて知らないし、知らない人と友達になんてならないしー!!

久々の毒吐きーwww

女って面倒くさい。

男よりも女の方が、したたかであるとおもう。

ストレートに表現するのは男。
ストレートに物事を考えるのも男。

女は
一癖ある表現をするし
いろんな意味を含ませた行動をとるし
表面では余裕の笑顔だとしても心の中は波風立っていたりする。

だから、女は面倒くさい。

男の方がわかりやすく簡単。
裏の裏まで読まなくていいから楽チン。

一つの行動をとっても男は女の裏をわかっていない。
そんな考えが思いもつかないんだと思う。
しかたないよね、自分たちがストレートだから。

だから女は面倒くさい。

男友達が多いのは、付き合うのが楽だから。
異性だからってのもあるのかな。
いや、ダメ、を小さくても言ってくれる。
女は貯めて貯めて、大きくなってから言う。
だから言われた時は、え?ってなるくらい大きくなってる。
貯めるくらいならずっと言わなきゃいいのに。
言うんならすぐ言ってよ。

本人に言わなくて、周りの友達に言ってたりすると、これまた面倒くさい。
第三者から耳に入ったことを、こっちはどう対応すればいいって言うのよ。
誤解だとしても、言い訳すればするほど嘘っぽいし、何もしなけりゃしないで開き直ってるって取られたり。

言いたいことは、直接いう。
それが仲がこじれない方法。

言ってこじれるなら、それまでの仲ってことだし。

女はいろんなことをオブラートにくるむ。
うっすら透ける感じ♡
が好きなのね。

ほら、ファッションとかでも
シースルーとかシフォンスカートとかあるし。

うっすら透けるから、解釈が難しいのに。

私はストレートでいたいな。

便利でもあり不便でもある。

言葉がなかった頃は、ウソや建前、誤魔化しもなかったのかな。

ただ素直に思ったこと考えたことが相手に伝わる。そんなことが当たり前のことだったのかな。

言葉があるから、ウソとホントができ、人を騙すことをするようになったのかも。
自分の気持ちを騙すことも。

ただただ素直に、自分の気持ちに従うことって難しい。
そこに第三者の存在が見え隠れするときは特に。